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422日(日)RKH主催山元町支援訪問ツアーの実行日です。
 
常磐線亘理駅1148分集合の予定でしたが、東北新幹線との接続の関係もあって、何と号車や座席番号こそ違え、全員856分東京発の“はやて19号”に同乗していたことが仙台駅の常磐線ホームで判明し、早々とRKH御一行様の団体旅行気分。(写真1)

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↑写真1

仙台駅からバスで一気に山元町という案が最善なのですが、昨年415日山元町と御縁が生まれて以降、毎回東京―仙台間は東北新幹線、仙台―亘理間は在来線の常磐線利用、亘理駅からはタクシーを利用したり、迎えに来ていただいたりという移動法を皆様にも御体験頂きたかったからです。(但し、415日・20日は段差の激しい常磐道を車で往復)
 
亘理駅にはRKH山元町支部の星様・佐々木様・藁谷様が歓迎メッセージを書いた“幸せの黄色いハンカチ”を持って出迎えて下さいました。(写真2)

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写真2

当初の予定の集合場所、亘理駅前にて記念写真撮影後、宮城県売上協力の為チャーターした東日本観光バスのマイクロバスで一路、昼食会場の山元町にある和風レストラン「田園」へ。(写真3,4,5)

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写真3,4

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写真5

光栄なことに、齋藤町長・平田課長も昼食に御参加下さり、“ホッキ飯”を賞味しつつ、山元町の被災状況や今後の復興計画を伺いました。(写真6)

今年の山元町「田園」のホッキ飯は、前回私が2月に訪問した時と同様、北海道産のホッキ貝使用ということなので、来年山元町産のホッキ飯試食ツアーが即座に決定!!(写真7)

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写真6,7

山元町産でなくとも十分美味しいホッキ飯でエネルギー充電し、町役場へ移動。
RKHがお送りしたマイクロバス転じての町民バス“くるりん号”に試乗したり(写真8,9)、

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写真8,9

4台の軽トラック(晴朗50号、TY号、Ken号、チーム猪号)に対面し(写真10,11,12,13)、

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写真10,11

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写真12,13

RKHの具体的な活動に参加者一同満足。その後貸切りマイクロバスにはRKH山元町支部の3人も御同乗くださり、平田課長の御案内で(写真14)

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写真14

被災現場及び仮設住宅見学、山元町支部の方々も始めて御覧になる場所もありました。(この関連の写真は以前、堂園がブログにアップしたものを御覧下さい)
 
以前に比べ更に空地が増え、ガレキ処理も進み、ガレキ処理場が新たに建設され、分別作業が着々と進行中(これは私も初めてでしたが、写真は後日)。仮設住宅に関し、県発注と町発注の仕様の違いも、以前私がブログで言及しました意味を皆様お判り頂けたようです。
 
さて、この日天候が心配でしたが、花曇りの下、桜が満開でまだ上手でない鶯の声に心和まされつつ、復活したいちご農園へ(写真15)。

農園主の菅野孝雄御夫妻(写真16)は「夢いちごの郷」の代表でいらっしゃいますが、津波で壊滅的被害を受け“今後どうやっていこう”と途方にくれられた由。しかし「全国からのボランティアのお陰で、山間部に仮設イチゴ農園を再開出来ました。」とボランティアの方々に心から感謝していらっしゃいました。

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写真15,16

善意の真心で育った苺だけあって(写真17,18)、「いちご狩りで摘み獲ったばかりの苺」は本当に美味しく(月並みな表現がもどかしいのですが)誰もが口々に「2年分」あるいは「5年分」食べたと感激。

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写真 17,18

御多忙の中、齋藤町長が再登場して下さり、改めて今後の復興を期待し合いました(写真19)

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 写真19

御参考まで、御参加の方からのメッセージの一例を。

「山元町ツアーを企画してくださり、ありがとうございました。
現地で、斎藤町長、平田課長とお会いして、復興に向かう山元町のいまの状況を生の声で伺うことができ、山元町をより身近に感じる機会となりました。星さん、佐々木さん、藁谷さんとまたお目にかかり、元気なご様子を拝見でき、うれしかったです。

一番印象的だったのは、1年前にニュースなどで見ていた、町中がれきで、呆然としてしまうような風景から、まずは、空き地の状態になり、がれきもまとめられ、分別され、処理が始まっており、復興が始まっているという、力強いメッセージを感じたことです。また、津波で流されてしまったイチゴのハウスを、今年建て直して、すでにイチゴの栽培が始まっていて、イチゴ狩りでいただくことができ、それがとてもおいしかったのが、うれしかったです。

軽トラック、マイクロバスがお役に立っている様子もわかり、よかったと思いました。また、これからも何かできることがあれば、させていただきたいと思いました。」
 
初めての被災地支援訪問ツアーでしたが、地元の方々との友情が深まり、今後も継続したいと考えております。

 RKH責任者 堂園凉子



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2012.04.23 Mon l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top
2011年4月11日に活動開始したリメンバー神戸アンド東日本(RKH)は、やっと設立一周年を迎えました。
この一年間の流れや活動内容を整理して以下に御報告申し上げます。
 
(1)2011年
4月11日 リメンバー神戸アンド東日本設立
4月15日 宮城県山元町訪問(女性用下着、水のいらないシャンプー持参)
4月18日 気仙沼市のセコー学院からのSOSに対応(文具、生活用品等)
4月20日 山元町訪問:齋藤俊夫町長、平田篤司町民生活課課長と面会、軽トラック及び家電7点セットの御要望を伺う
4月21日~22日 岩手県大槌町視察(深夜バス利用)
4月29日~5月13日 物資調達、支援
 ・山元町:軽トラック4台/家電7点セット300組/ソックス(男・女・子供用)
 ・大槌町病院:医療用ヘッドライト2点寄贈(T-Company御提供)
5月19日 大槌町訪問
 ・大槌病院上町仮診療所、岩田千尋院長に面会
 ・大槌町副町長東梅様に面会、仮設住宅-仮診療所間のマイクロバス調達依頼受諾
5月21日~22日 三井造船株式会社所有のスーパーテクノライナー利用による石巻市被災者の方々への“一泊二日の動かぬ船旅”の船医役
5月28日 セブン-イレブン・ジャパン記念財団常務理事(当時)の山口積恵様と山元町へ:軽トラック4台と家電7点セット納入の確認、齋藤町長へ目録をお渡し
6月5日 山元町家電7点セット費用の為、上智大学Jazz研究会OBのバンド“The Sophia’s”によるチャリティJazz Concert
6月19日 仮設住宅と仮設診療所間を結ぶマイクロバス調達確認のため大槌町訪問
6月27日 大槌病院仮設診療所での診療開始に合わせ以下を寄贈
 ・待合室用大型テレビ、冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ(シャープ株式会社及び株式会社東芝御協力)
 ・待合室用扇風機(平田御夫妻御協力)
 ・待合室用に写真家Ken Ross氏の作品5点寄贈
7月1日 気仙沼セコー学院からの依頼で、仮設住宅玄関目隠し用のれんとのれん棒及び、懐中電灯調達
7月11日 山元町訪問「山元町支援コンサート開催」と町の関係者御招待を齋藤町長に伺う。
7月28日 山元町から3人の方々(星禮子様、佐々木静子様、藁谷美代子様)をお招きして、RKHの若い世代“Team JG”の企画・運営によるチャリティコンサートを“けやきホール”にて開催
8月28日 山元町訪問
 ・齋藤町長にチャリティコンサート終了の御報告
 ・チャリティコンサートに御参加下さった星様、佐々木様、藁谷様に「RKH山元町支部」をお引き受けいただくことを御了解いただく
 ・佐々木様の手作りのアクリル毛糸タワシクリーナーを頂戴する
9月22日 山元町仮設住宅見学
9月27日 大槌病院にお送りした公用車、正式引き渡しのため大槌町へ
  被災した大槌病院の内部を初めて見学
10月11日~12日 山元町仮設住宅寒さ対策の為のコタツ掛・掛け布団400セットおよび別途個別で石油ストーブ5台をお送りする
11月19日 インターナショナル メディカル クロッシング オフィス(IMC)28年目の船出を記念して、山元町の星様・藁谷様、大槌病院の沼崎様・吉田様をお招きし、「3.11を共有し、語り合い、友情を深める会」を開催
11月30日 大槌病院へ物置をお送りする
12月16日 慶應義塾大学医療系学部学生の被災地ツアー“TOHOKUMedical Study”の事前勉強会の要望を受け、IMCにて開催
12月25日 「赤浜の復興を考える会」よりホームページ開設のためのPC周辺機器購入資金応援依頼
12月28日 大槌町へ:1.「赤浜の復興を考える会」会長川口博美様と事務局中村誠一様に面会 2.大槌病院訪問 12月16日勉強会の学生達と再会・合流
 
(2)2012年
1月21日 神戸訪問:RKH設立のきっかけとなった「サポート神戸」戦友の石井様・本田様と同窓会
2月9日 友人のヒロコさんのピアノが、大槌町の城崎彩乃ちゃんにプレゼントとして到着
2月21日 山元町へ:RKH山元町支部皆様と再会、りんごラジオ出演
齋藤町長・平田課長に現状を伺う
2月28日~29日 大槌町へ:病院→赤浜の復興を考える会→赤浜地区被災地現場視察→合同校舎にて新聞に出ていた小学生にハンドロールピアノをプレゼント→彩乃ちゃんのピアノ確認→東京へ
3月11日 政府主催の合同追悼式に岩手県代表としてお言葉を述べられた川口博美様をお招きし、「3.11を共有し、語り合い、犠牲者の御冥福を祈る会」開催
川口様の御発言「災害に強い町作りでなく、災害に強い人創り」を参加者一同胸に刻む
3月31日~4月1日 「赤浜小学校最後の卒業生の東京ディズニーランド修学旅行」実現
 
(3)今後の予定
4月22日(日)山元町訪問ツアー
4月28日(土)“赤浜の復興を考える会”写真展協力後援(明治大学にて)
5月19日(土)第3回「3.11を共有し、語り合い、友情を深める会」開催(国際文化会館)
 
(4)会計報告(2011年4月13日~2012年4月10日)
  延振込件数 241件(複数回の方々あり)
  4月10日現在の残高;736,728円                             
 
 RKH 責任者 堂園凉子


2012.04.11 Wed l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top
(1)331日午前545
早朝にも拘わらず、お迎え部隊として上野駅バス降車所に駆けつけて下さったRKHのメンバーの前に、昨夜午後850分大槌町を出発した深夜バスが到着(写真1,2,3)

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↑写真1,2


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↑写真3,4

いよいよ“赤浜小学校最後の卒業生の東京ディズニーランド修学旅行”の始まりです!!
 
到着時の集合写真撮影後(写真4)、貸切マイクロバスに乗り込み一路東京ディズニーリゾートへ。バスの中でRKHのメンバーの遠矢様とそのお友達で大槌病院生まれの方からの差し入れのお菓子をプレゼント(写真5,6)。

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↑写真5,6

 
宿泊はディズニーアンバサダーホテルです(写真7,8)。

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↑写真7,8


朝食でエネルギーを充電し(写真9)、ホテル前での集合写真撮影(写真10)を終えて、東京ディズニーランド(TDL)へ入園(写真11,12)。

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↑写真9,10

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↑写真11,12

大槌町出発前から予習をしてきた皆さんは、お目当てのアトラクションへ走り出し、私はビッグサンダーマウンテンまでついて行くのがやっとで、その後は各自自由行動となりました(写真13)。

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↑写真13
 
この日、千葉や東京には新聞やテレビでご存じのとおり、春一番の突風が吹き、おまけに雨で何年に一度あるかないかの大荒れの天候でした。しかし当初中止になるはずだった夜のエレクトリカルパレードが実施となり、TDLの方が“奇跡です、まさにマジカル”と驚いていらっしゃいました。
きっと「赤浜小学校最後の卒業生」へ神様や、ミッキーとミニーからサプライズのプレゼントだったのでしょう。
パレードの後も、閉園ぎりぎりまで楽しみ、TDLを満喫なさったとお母様方から伺いました。
 
(2)4月1日
4月1日はもう帰る日です。
昨日とはうって変わっての晴天で、あちらこちらに桜の花が開花。
4月1日になって、5人は今や中学生ですから、中学生になって初日の撮影後(写真14,15)、貸切中型バスで今度は東京駅へ(写真16)

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↑写真14,15

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↑写真16

乗車予定のやまびこ
59号のホームには、Team JGの代表として櫻井麟太朗君(9才)がお母様と一緒に新幹線の中でのお弁当を両手に持って登場。
今朝、御自宅に咲いていたパンジーで作ったというコサージュも御卒業のお祝いに。
これで赤浜の子と東京の子が繋がりました!!(写真17,18)

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写真17,18


ホームにはRKHの副責任者の落合良様や永嶋様もお見送り部隊で御参加いただき、“いつかRKHが大槌町赤浜を訪問します”と約束。
午前1140分やまびこ59号は発車し、修学旅行は無事終了しました。(写真19)

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 ↑写真19


今回の無謀とも思われる企画が実現したのは、RKHの多く方々からの御協力に加え、“ホスピタリティとはかくあるべき”を実践してくださった東京ディズニーリゾートの永嶋様や井上様、ディズニーアンバサダーホテルのスター石井様、及びスタッフ御一同の皆様のお陰と心から感謝し御礼申し上げます。
 
留守番役でいらしたお父様方の代表から翌朝(42日)お電話をいただき、「釜石駅で出迎えた時、皆の眼が今までと違って輝いていました」と伺って、胸が熱くなりました・・・
 
 
RKH責任者 堂園凉子

2012.04.03 Tue l 報告 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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